ここのこの連絡網

そっ...と、言葉を置いていきます。

植物って、

kokonoko

 

 

 

不思議だと思いませんか。


人間が調子を崩したとき、植物はその不調を改善させる手助けをしてくれる。


「植物って、バランスを崩した人間を調整するために存在するのかな。」


(人間は自らで自分のことを「欠けている」と思い込んでいるし、その設定を前提として生きているから、植物の役割をその様にしているだけ

これも ”範囲” のある認識なんだよ)


「人間は、なぜそう思ってしまっているのかな。」


(2つの視点があるよ)

(より深く古い記憶の情報と、表面的で現実的な情報)


「人々は分かりやすい答えを求めるし、現実的な理由を知りたいんじゃないかな。」



      (ちがう

        人々の求めに応じないで

                あなたの視点でいいの)



(植物は、与える存在、

ただそこに在り、愛を表現している)


「植物ってなんなの?」


(人々の植物に対する ”認識” が、まだ現状を越えられていない)


(すべての人間に適合する魂の情報を持つのが植物だよ)

(電波塔のようなもの

      地球(の命の情報)をネットワークで繋げている)


(すべての命と繋がりをもつもの)


(だから(人間の)”欠け” を補填する)


(でもほんとうは、人間は『本来の姿』で(あれば植物と)共振する存在でもあるが、

人間が 植物を ”欠け” を補填するものとして認識しているから、その役割の範囲を越えられない)



(それを越える方法も、ただ、ぼー・・・っと膨張した意識状態で植物に触れるとき


自然に、ただ なんとなく触れるだけで受け取っている情報はたくさんある


人間は、単純な方が性能が良いんだ


いつも難しくしているのは思考だよ)




みんな忘れていることがあるよ


人間は、生まれた瞬間から、すべてを備え、完全な状態で生まれていることを


はじめから、満たされた存在だということを


幸せや不幸せという評価は、後からつけられたもの





越えられないのは

人間の意識がそうさせている


人間の意識が、

可能性を見ていない

可能性に気付いていないと、

可能性は陽の目を見ることがない


可能性に気付くこと、

それがとても大きなことなんだよ