ここのこの連絡網

そっ...と、言葉を置いていきます。

かみもどし

kokonoko

 

 

 

話しは変わるけど、数日前の夜寝る前にある動画を観てた。


で、富士山の鬼門にある神社が気になったもんで検索してホームページを見ていたら寝てしまったんだけど、夢でわたしは富士山の中腹にある美容室で美容師をやっているんだけど、お客さんが来店したのに何をどうやったらいいのか全くわからなくなっているんだ。お客さんは白いTシャツ着た男性で髪の毛と髭が繋がってもじゃもじゃなの。わたしは美容師としての仕事内容のすべてを忘れている。とりあえず、どこに座りたいですかと客に訊ね、席には座ってもらったが、髪の切り方がまったくわからない。自分が美容師であることはわかっているようだったけど、どこをどう切ったらいいのか方法をぜんぶ忘れちゃってるの。何が必要なのか、それをどう使ったらいいのか、ぜーんぶ忘れて思い出せない。あるのは、ただ「わたしがここに在る」感覚それだけであとは真っ白。で、客を店に残したまま忘れ物を家に取りに戻る。とても急いでいる。店に戻ろうと急いでいると、肝心のハサミがないことに気づき、どうしようどうしようと大慌てしている。ま、とりあえず店に戻ろうと進んでいるとさっきと景色が違う。道を間違えて違うルートから富士山を登っていた。途中で引き返したとき近くを歩いていた女性に店の場所を訊ねようとしたら、なんと店の名前すら忘れている。・・・という、大慌てで散々な夢を見たんだけど、不二さんから直球で意識に投げ込まれるこの分かりやすい情報に(笑、7月中に行かないとならない感じなので行ってくることにした。


ところで、なんで美容師なんだ~?と思っていたら「かみきり」なんだって。髪の切り方が分からない~髪が切れない~、だから神が切れない~神が着れない~!という状況にあるという意味で、日本の存在からのメッセージはいつも駄洒落でおもしろいわね。笑


この「目的だけはわかっているのにその方法を何もかもぜんぶ忘れてしまってどうしたらいいのか分からない」という、ドタバタ劇場の感覚はさ、“魂が地球に来て人間の衣を着た瞬間に起きること“ に似てるわね。笑


忘れちまった~、で

あちこち動いてるうちに更に忘れていくという、痴呆の沼。笑


そんなこんなですっかり忘れてしまい、途方に暮れて諦めてしまった者がほとんどだった中で、諦めずに試行錯誤して糸を繋いできた者たちの存在には感謝しかない。ありがとうございます。



***



夢が伝えていたことは「頭に頼るな」ということ。


頭で認識する知識や情報は幻だって


頭が空っぽになっても、

いざ、その瞬間になれば体は動く、

自然と動き出す


『魂の記憶と肉体を直結させろ』ということ。



***



あともうひとつ、

髪が切れない~の意味は


→カミが来れない


も、あるみたいだなあ


自分の流れにも繋がってるように感じるよ


人間の意識が、カミを遠ざけ拒絶した


これまでの人間社会の秩序を維持していくことを望み、それにしがみついたから


(まだ戻れずにいる)



***



ああ、あともうひとつ、

髪が切れないの意味


神との縁は切れているようで切れていないし、

切ろうとしても切れないものなんだってよ


神との縁を切ろうとしたのも人間だけど


その縁の大切さに気付き神戻しができるのも、人間だから


(だって神って存在は “ほんとうのじぶん“ のことでもあるから)


(過去の “おかあさん“ の記事もそのことを伝えているよ)


さあどうする?ってさ

人間の選択次第だよ


みんなで協力するとか、手を取り合うとか、輪になるとか、そういうことが神との縁の復活で神戻しなんだ


わかりやすいのは、

日本だと稲作は生きることに直結してて、原始的で分かりやすい神との円繋ぎの儀式みたいなものなんだってさ


みんなで協力して行う行為、苦楽を共にし、収穫を祝い、感謝する


人間がシンプルにただ生きることに直結した原始的で単純な生活習慣みたいなものが、日々、神との縁を紡いでいくのに大切なことだったんだよね


(それらの習慣は人々の頭から消えてしまった・・・)


でも大丈夫


頭で忘れたことも、魂は覚えているよ


いざ、その瞬間に直面したら体は勝手に動く



日本は

魂で踊り出す

 

 

 

∞

じぶんを生きる

kokonoko


 

 

 

『ほんとうにやらなければならないこと』が目の前に明らかになったとき、あなたはどんな反応をするのか。


「今これをやっている最中で手が離せないから、これが終わってからね」と言い、それが終わっても「ついでにこれもやっておかなきゃならないから」と、次々と「そのうちやろうと思っていたこと」に目が向くようになる。いつも気にはなっていても出来ずにいたことが、なぜかとても目について「今わたしはこれをやっていて忙しいから、これが終わってからね」と、『ほんとうにやらなければならないこと』を後回しにするための理由作りをはじめる。


『ほんとうにやらなければならないこと』は、自分にとって重要なことなのはわかっているし、必ずやらなければならないことなのも、実は、わかっている。いつも後回しにしてしまう “それ“ は、やってみればすんなりと出来ることなのに、なぜかいつも後回しにしてしまう。


気軽に出来ることなんて、それこそ二の次三の次でも良いことだったりするよ。


どうか目を背けずに向き合ってください。


『ほんとうにやらなければならないこと』に取りかかってください。


あなたが自分の性質を認め、役割を受け入れたとき、すべての不具合は順調に巡りはじめます。


あなたは望んでいないにも関わらず、なぜか繰り返し舞い込んでくる “迷惑“ に感じる出来事、それらの現象は、あなたの性質を教えてくれています。


性質とは『ほんとうのあなた』のことです。


何度も舞い込んでくる迷惑に感じる出来事は、それを迷惑と思っているうちは、ほんとうの自分への否定や逃げの表れでもあります。


この世界は、何一つ取り零すことなく完全なる連携を保ち、存在する “すべて“ とネットワークして成り立つ世界です。何度も起きる現象は、あなたを追い詰めたり、いじめたり、傷付けようとして起きているものではありません。現象にフォーカスするのではなく、その出来事から「自らを知ってほしい」という『すべて』からの祈りが注がれた結果です。


祈りは、消極的な、ただそこに在る意識です。

透明で、意図がない、ただそこに在る『すべて』との繋がりです。


ときたま、その繋がりから外れてしまうのが人間の意識です。


どうか『繋がり』に戻ってきてください。

 

 

 

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意識のトレンド

kokonoko

  

 

 


流れをとどめるいくつもの原因の種、フラクタルな構造の中にある種を回収していく


今はその原因の種の、種の、種の、種の・・・はじまりの位置にある種が回収されている


回収は解放とおなじく、隠されていたものが飛び出すから人間社会は荒れる


昨日はとくに、言葉で表現すると “未来への絶望“ という意識の渦がものすごく吹き荒れていたよ


現実への絶望、未来への不安、


その苦しみは他の誰かが何かできるわけではなく、それに襲われている本人が自ら立ち向かい乗り越えなくてはならないもの


絶望も不安も本人の中に存在するものだから


人の内側にあるものとはいえ、それは現象界に反映される

その様な心の状態にある人が多ければ多いだけ表面世界は荒れる


なんかね、その意識は年齢に絶望を感じている

年齢にネガティブを抱いてる

終わりを感じて、可能性への酸欠を恐れて希望を抱けない様

終わりがとにかく強調されていて、もうなにもできないと絶望を感じている


これまで嫌だなあと思ってはいたが うやむやにしてきたことが奥から引っ張り出されていて、無理です!と、本人の目の前に明らかに突きつけられているように思う

これは人の間でバチバチがおきる原因になるもの


でも、それでいいんだよ

それがないと変わらないから


現実の思考に囚われすぎて、可能性が限定された意識状態


とにかくキーワードは年齢

年齢という枠に縛られ、狭められた意識状態


年齢は関係ないよ、

いくつになっても挑戦していいんだよ、

世界は可能性に溢れているんだよ、


そのような言葉がこの意識には薄っぺらく今は気休めにしか届かない


今は、自らの内に存在する膿を見きるしかない

隠されたものを明らかにしてくれているイベントのようなものだから


明るく軽やかに生きるのがほんとうのあなただよ、重たいものはイベント毎に明らかにして手放していかないとね


年齢は、重たいものの最たるもの

しかし本来のあなたはその衣を重たいものとは感じていない


ほんほうのあなたにとってその衣は、この世界で望みを実現し、その感動を実感して味わうために必要な、あなたのためだけに作られた特別な衣なんだから


その衣を使用できる期間は限られていて

一瞬の輝きだからこそ美しいものなんだ


生きてるって、輝いてるってことだから


今この瞬間だって あなたはあなたらしく輝いている


 

 

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